✽ 姉妹のお菓子パーティー ✽
✽ いっしょに通学 ✽
✽ 演劇 『赤ずきんちゃん』 ✽
previous arrow
next arrow

東日本大震災 慰霊参りの記録 (宮城県仙台市 – 荒浜)

雑多

* 震災当時を思い返すと

当時、都内でお仕事中(来客対応)に震災が起こり、お客様をフォローしつつオフィスの自席に戻った際、同僚がフィーチャーフォンのワンセグで津波の様子を見て呆然とまたは悲鳴をあげていたことを、まだ鮮明に覚えています.
その当日は大渋滞の道を自宅まで数時間歩いて帰り、長い間ニュースに注視しつつじっとしていました.
また、週明けオフィスへは自転車で行き(電車は乗れない状況でしたので)、動ける人員でクラウドサービスの無償提供や自治体のミラーサイトを起こしたりと、それぞれができることをしていました.

それから数年、復興が進み落ち着きを取り戻しつつあるようです.
ずっと現地へ足を運べずにいたのですが、実際に自身の目で確かめつつ慰霊参りをしたいと思い、2018年の年末、慰霊参りを目的に仙台へ向かいましたのでその記録をしておきます.

* 震災から7年以上経過した現地を訪れる

今回訪れたのは、仙台駅から東に行った海沿いの荒浜です.
仙台駅に近いですが、落ち着いたエリアだったと記憶しています.
ですが、当時、海岸エリアということもあり、ほぼ全域が津波で流されて大変な災害を受けてしまったエリアです.
現在の様子を確認しつつお祈りしてきましたので、写真に沿ってお伝えします.

車以外での現地への行き方は、仙台駅から地下鉄とバスとなります.
地下鉄東西線で荒井駅まで行き、そこからバスで旧荒浜小学校まで行くことができます.
荒井駅から旧荒浜小学校へのバスは、1時間に1本出ている間隔です.

荒浜

バスに乗って10数分くらいで旧荒浜小学校に着きます.
荒浜小学校」は震災遺構となって残されています.
その見学は追ってということで、まずは慰霊参りとして海岸に向かいます.

荒浜

この日(2018年12月28日)は前日から大寒波で雪がちらつき、仙台市であっても数センチの雪が積もっています.
そしてバスを降りて周囲を見た第一印象は……想像以上に何もつくられずそのまま、でした.
瓦礫はほとんど撤去されていますが、津波に流されたままの土地が広く続いています.

荒浜

荒浜

荒浜

海岸近くでまず見えてくるのが「荒浜記憶の鐘」です.
13.7メートルもの大津波がここを襲ったことを記しています.

荒浜

荒浜

そのすぐ近くにあるのが「東日本大震災 慰霊之塔(慰霊碑)」、大きな観音像とこの地区で亡くなられた人たちの名前が掘られた石板(寄贈板の向かい側)、などがあります.

荒浜

荒浜

観音像の背後にある堤防を越えると海岸に出ます.
風は強めでしたが、落ち着いた綺麗な海です.
ここが大津波に遭ったとは想像し難いですが……当時の瓦礫の一部が残り、その周囲に何もない様子を見るとそうなのでしょう.

荒浜

荒浜

荒浜

荒浜

震災遺構となっている「荒浜小学校」に戻ってきました.
周囲ではこの建物のみが、当時のまま残っています.
なお、2018年は12月28日が開館最終日とのことでした.

荒浜

荒浜

1階から屋上に向かって見学します.
1階は津波をそのまま受けたこともあり、当時の爪痕がそのまま残ります.

荒浜

荒浜

津波は2階まで届き、その波の勢いで鉄柵が折れ曲がっています.
教室の床から少し上に残る跡が、津波の到達点です.

荒浜

荒浜

3階では、当時の様子を伝えるための映像や物品が多数展示されています.
とある教室の黒板には、避難状況を記録した様子がそのまま残されており、安否確認や班分けをされていたことが分かります.

荒浜

荒浜

荒浜

荒浜

最後に、3階および屋上から見た現在の荒浜の風景です.
海岸近くの堤防のほか、第二堤防をつくっている最中でしょうか.
屋上は震災当日から翌日にかけて住民の方々がヘリコプターで救助された場所となります.

荒浜

荒浜

荒浜

荒浜

* 現地を訪れてみて

こんなにも穏やかで落ち着いた綺麗な場所で、あの大災害が起こったのかと信じ難くも、その爪痕がまだまだ残っていました.
皆さん前を向いて復興に向けた活動をされていますので、復興自体は大丈夫と思いますが、多くの亡くなられた方々へのご冥福・祈り、当時の様子は、今後も風化させてはいけないでしょう.
東北方面へ来る機会をつくって、またこちらやほかのエリアへも慰霊参りに訪れたいと思います.

また、海岸周辺で親子がその周囲のゴミ拾いをされていまして、この場所を大切に、記憶の場所として引き継いでいこうとされているのかなと、そのような想いを感じたということも記録しておきます.

雑多

Posted by isami